いしだあゆみ前夜
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本名の石田良子が芸能人「いしだ・あゆみ」になるのは昭和38年9月のことです。
これは昭和44年秋サンケイホールで行なわれた彼女初のリサイタルでも自身によって語られています。
その前月8月梅田コマ劇場公演ザ・ピーナッツ主演による右端があゆみ「うちら祇園の舞妓はん」に舞妓・ヨシ美役で出演しています。この時の名前は“石田よし子”でした。

では、「石田良子」として芸能界で仕事を始めたのはいつからだったのでしょう。
いろんなコメントなどを総合すると昭和37年の梅田コマ劇場「春のおどり」に出たのが最初らしい。
同じ時に女優の土田早苗さんもいたみたいです。
東宝の松岡達郎氏のはからいで、芸能活動に本腰を入れ、梅田コマ劇場を拠点に舞台の合間にポピュラーソングを歌う機会を得たようです。
それと平行して時々上京してはいずみ・たく氏の下で本格的に歌の勉強をしていたようですが、実は大阪にいる頃にも神戸で、ラテン歌手の御影あい子氏に師事しジャズの稽古も受けていたようです。

いずみ・たく氏による石田良子評は絶賛で、彼女に寄せる期待はとても大きかったようです。
以下“石田良子”あるいは“石田よし子”名義によるソノシート類です。
一応手元にあるもの全部ですが、これ以外にもあるのかは不明。

◆ジャケット写真をクリックするとそのシートのページに行きます。
 まだ準備できてないものは行けません。ゆるして。
歌う雑誌/ステレオ
コダマ☆ヒットパレード
昭和37年4月8日発行
ソノ・ヒット・アルバム9
花咲く街角
子供じゃないの
昭和37年4月15日発行
ソノ・ヒット・アルバム臨時増刊
想い出のヒット曲ベスト10
昭和37年5月15日発行    
ソノ・ヒット・アルバム13
すてきな16才
ライオンはねている
昭和37年6月1日発行
ソノ・ヒット・アルバム14
大人になりたい
かわいいベビー
昭和37年6月5日発行
朝日ソノラマ
ポップス・イン・ハイライト
昭和37年11月20日発行
朝日ソノラマ
映画音楽14
昭和37年11月21日発行